少しだけ前へ(一年が過ぎて…)
先週末、妻の一周忌法要を行った。無くなる前後のことは とてもとても辛かったのでブログには記していない。 あれから一年… とても早かったような、とても長かったようなフシギな感覚だ。
妻の闘病開始以来、横芝の家には月に数日だけ、手入れのために帰るパターンだったのだが、この春からは、こちらで生活する日を少しずつ増やすようにしている。
というのも、雑草抜きや庭木の枝刈りを怠るとすぐ空き家感が漂ってきちゃうし、妻が溜め込んだ趣味の品々は未整理のまま埃をかぶっているし、二匹の猫たちを狭いアパートの一室に閉じ込めておくのも可哀そうだし… 少し落ち着いて田舎の家で生活し、これらの問題に対応しないとまずいと思ったからだ。
けれども、最初の頃はメンタルがヤバかった。この家には、妻と二人のこどもたちと楽しく過ごした思い出が満ち溢れているからだ。昔は楽しくにぎやかだったのに、今は誰もいなくなってしまった… 家に一人でポツンとしていると、寂しくて居たたまれなくなる。なので無理はせず、昨秋~冬までは、長居はせず、主に松戸のアパートで日常を過ごしていた。
ただSuさんは、人間が単純に出来ているので、気候が良くなると気分も上向きになる。それに乗じて、春からの横芝一人生活は、少しずつ軌道修正を試みている。
まず不要な物品を片付け、必要なものを適宜配置換えし、自分が快適だと感じるスッキリしたレイアウトにした。


二匹の猫も、寝転がったり駆けまわったりして幸せそう
今まであまり使われなかったものでも、今の自分の生活を豊かにできると思われるものは、整備しすぐ使えるようにした。

荷物置き場になっていたピアノ周りを片付た。

暇なときに、息子が小学生時使った教本でピアノ練習している。

昔妻にプレゼントしたトレーニングバイクをテレビの前に引っ張り出してきた
長らく片隅に置いとくだけになっていたが、今は気楽にいつでも漕げる
これらにより、一人家にいる時間の快適さが大分向上した。
さらに朗報、旭市で小中学生の卓球指導をしていた友人が、仕事リタイアし、私費で卓球場を開設したというのだ。そこは家から車で30分くらいのところで、いつでもマシン相手に一人練習できるし、空いていれば彼に練習相手をしてもらうこともできるというので、早速会員にしてもらった。わーい、横芝での卓球環境がすげー良くなった!
というわけで一年が過ぎた今、ほんの少しずつだけれど前に進めるようになってきた気がする。妻を亡くした悲しみが決して消えたわけではない。一年前は、喪失感と虚無感の大波の真っただ中で、今にも溺れそうな状態だったけれど、それよりは少しましになったという話だ。
例えれば、今は水中ではなく、小舟に乗った状態で大波に揺られているぐらいの感じかなあ? ほんの少しの変化だけど、奥さん、あなたはきっと褒めてくれるよね。
洗車と庭仕事
朝の韓国ドラマ見終わって、外に目をやるととってもいい天気!
よし、車でも洗うか。

今我が家には妻が使っていた青い小型車と、以前から私が使っている白い軽自動車がある。軽は、近いうちに息子に譲ることになっているので、今日はこちらを洗おう。

やはり小さい車は洗うのが楽!1時間もかからずピカピカに…

次は庭の草取り。芝に雑草がたくさん生えてしまったので、抜けるものは抜いて草刈り機をかけると、こちらも1時間もしないうちにこぎれいになった。

以前は、洗車とか庭の草取りとかは大嫌いだったのに、なんで最近は平気なんだろ?
思い返せば当然だった。
50代後半まで、自分はかなりのハードワーカーだった。卓球部指導して土日も活動、生徒会やら情報処理やら人が希望しない公務分掌を積極的に担当して、進学指導・総合学習にも真摯に取り組んで、自宅でのんびり一日過ごせる休日なんて年に何日も無かったはず。
そんな貴重な休日に、草刈ったり車洗ったりするのは、時間を無駄遣いしてしまっているように感じていたのだろう。私はきれい好きではあるが、決して掃除好きではない。だから庭や車はきれいであって欲しいが、自分から進んでやりたいことではなかったのだ。
転じて今、「ほぼリタイア」生活で時間はいっぱいある。庭仕事や洗車もそんなに嫌ではなくなった。面倒ではあるが、表で大好きな日の光を浴びて過ごすのも悪くないと思っている。これが「老後」ってことなのかね😉
びっくり!
天気の良い月曜日。セミリタイアのSuさんはのんびりコーヒーをのんだ後
日本語クラスの予習して、部屋の掃除機がけして、庭の草むしりして
とのんびり過ごしている。
今日の昼食は… と考えていたら、無性に定番の味が食べたくなったので
近所の「くるまやラーメン」へやって来た。さあ、定番の「味噌ネギチャーシューめん」を頼もうと、

メニューを見て びっくり!
10年位前は確か1000円ちょっとだったはずだが、
今は1590円もするの⁈
わずかの期間に、1.5倍以上も値段が上昇していることに、強い衝撃を受けた。今までの人生で経験したことの無い速さで、今までの感覚では信じられない幅で物価が上がっているじゃないか。
65歳の今、収入の大半を年金に頼る生活をしている身としては、物価問題を真剣に
考えなければならないなあ…
※それでも定番の味は、やっぱり美味しかった。ごちそうさまでした。
朝ドラ最終回でまた泣いちゃったなあ
半年前に、朝ドラの最終回について記事を書いたが、早いもので次の朝ドラも今日最終回を迎えた。

ドラマが変わるたびに、いろいろとアンチな評価がネット上に書かれていくのが最近の常だったが、今回は珍しくそれがなく、評判の良いドラマだった。
明治時代に結婚した外国人と旧武士の娘の夫婦物語。朝ドラは夫婦の物語が好きだよなあ… だが、今回の朝ドラでは、前回の「あんぱん」では描かれなかった夫婦の死別後が、最終週で描かれた。

やっぱ夫婦の死別については、感情移入してしまう。トキちゃん(主人公)が本当に可哀そうだった。夫に対する自分の言動のすべてを、いけないものであったと感情を凍り付かせてしまったトキちゃんが、フロックコートのエピソードをきっかけに涙と笑顔を取り戻す今日のストーリーには救われた!
母のフミさんが言う「他愛もない、ほんに他愛もない、素晴らしな毎日だっただない」
そうなんだよね。なんでもない普通の日々こそが、素晴らしい時間だったんだよね。
トキちゃんが、「他愛もない素晴らしな毎日」を思い出して泣き笑いする姿見ながら、もらい泣きしてしまった。

視聴後、ひとり散歩に出てみた。二輪のタンポポが少しうらやましい。
担任終了
今日は今年度の私の授業最終日、担任しているクラスでは、クラス会の時間をもらったので、みんなで折り紙を使って桜の花を作った。



ブログにはちらっとだけ書いたが、10月から日本語学校で担任をしている。
以前も一度だけ初級クラスの担任を務めたが、
今回は、その時とは大分状況が違った。
前回は全員が中国系だったので、困った時には中国語でコミュニケーションをとればよかったのだが、今回は、中国8人 ベトナム7人 モンゴル1人 パキスタン1人 とバリエーションがあるため、やさしい日本語を駆使してコミュニケーションをとるしかない。(そもそも教室内では日本語しか使わないようにした方が、生徒の日本語力が向上するのだが…)ただ、クラスは初級から初中級へ向かう段階なので、「生徒たちの日本語力は大分身についているはずだから大丈夫だろう」と思い担任を引き受けることにしたのだった。
ところが、初めてひと月ほどすると、問題に気付いた。一部のベトナム生徒たちに「やさしい日本語」がほとんど通じてないのだ😥
明るく積極的な人物が多く、授業中も大きな声でリピートしたり、問題に答えたりしていたため、分かっているものと思い込んでいたが、一人一人を読んで話しかけたり質問したりすると、こちらのいうことがよくわからない者も多い。
翻訳アプリ片手に面談し、詳しく聞いてみると、どうやら彼らは自宅でほとんど勉強していないようだ。そのせいでせっかく学習した単語も構文も彼らの記憶に残ってないのだ。「自宅学習なしでは、学力は伸びませんよ」と注意したが、その後も状況は全く変わらない。比較的分かっていたベトナム人生徒たちも、初中級の学習が進むにつれて授業についていけなくなり、かれらの授業態度は悪くなる一方。ほとんどのものが関係ない雑談を始めたり、居眠りをしたりの状態。サボっているもんだから益々授業についていけなくなるという負のスパイラルに陥ってしまった🌀
クラスは私を含め、4人の先生で授業を行う。この怠け者たちを何とかやる気にするべく、先生方は頑張ってくださったが、4か月目にSuさんは決断した。
「授業に参加しようとしない生徒は、深追いしないで、参加している生徒たちの学力を伸ばすことに力を注いでください」と他の先生方にお伝えしたのだ。
クラスには、自宅でしっかり学習し、高いレベルの日本語力を習得しようと努力している子たちが何人もいる。授業中にサボっている子たちの指導に手をかけすぎると、頑張っている生徒たちが退屈してしまうし、彼らの力を伸ばすことができなくなってしまう。先生方も同意して下さった。
もちろん、落ちこぼれている生徒たちを放棄したわけではない。授業時間の中で漢字の書き取りをさせたり、既習事項の復習タイムを設けたり等工夫をして、落ちこぼれてる子たちがやる気になる時間が少しでも多くなるようにしたつもりだ。
そんな苦労多きクラスもあと3日で終了。4月から彼らは、習熟度・進路先により新しいいくつかのクラスに振り分けられる。何人かは、もう一度初級からやり直すらしいが、自宅で予習・復習をする習慣を身につけない限り、彼らは再び落ちこぼれていくのだろうなあ、と思う😔
教員は、きっかけをつくってあげることはできるが、結局は生徒本人がやるか・やらないかで、彼らの未来は変わる。とってもとっても不安だが、彼らの未来が輝かしいものであることを願う、ホロ苦い二度目の担任終了日だった🤔
サヨナラ、我が家。
昨日、久々に観劇に出かけた。大学時代の友人が出演するというので、同期生で数人で応援がてら見に行くことにしたのだ。

場所は亀戸文化センターカメリアホール。ここでは、区民に舞台芸術に親しんでもらうため、毎年区民参加型の舞台創作事業「かめいどらぼ」を企画・制作しているらしい。

今回の演目は、「サヨナラ、我が家。」
父母が亡くなり、住人がいなくなってしまった田舎の家、息子と二人の娘は、家を離れ、それぞれに家庭を持ち生活している。父母と暮らした我が家は、かつて彼らの心のよりどころだった。その家を今後どうしたら良いのか? 様々な思い出をたどった後に、彼らは答えにたどりつく。

演劇を見るのは久しぶりで、いきなりたくさんの登場人物が出てきたため、「おおっと、これはついていけないか?」と不安になったが、話が進むうちに状況が呑み込めて、感情移入もできるようになった。
最も印象的だったのが、回想場面で、息子&娘が苦しい状況にあった時、父と母が優しく語り掛けるところだ。「お前たちがこの田舎を離れることに、何も負い目を感じることは無い」「帰りたくなったら、いつでも帰ってくればいい」「父さんと母さんは、この家でずっとお前たちを待ってるから」(たぶんこんな主旨のことを語ってたと思う)
我が家もずいぶん不便なところにあり、今は娘も息子も離れてしまっている。でも、「父さんと母さんは、ずっと待ってる」と言ってあげられなくなってしまったことに思いが行き、なんか泣いてしまった。
家族が寄り添って、楽しく暮らしていた思い出は、大切な心の宝だけれど、もうそれは二度と帰ってこないのだということを実感したとき、空虚な悲しみが心に広がる。
かつて自分が子どもとして存在した家庭では、父が56才で急死したとき、それを思った。そして、自分が父として存在した家庭では、妻が56才で病死した今、それを思っている。
劇は、息子&娘たちが思い出を踏まえて前に進もうとするところで閉幕した。
そうだよね、ともあれ前へ進まなきゃね。
観劇後、大学時代の仲間7人で飲みにいった。今見た劇の話やら、それぞれの現状やら、昔の思い出話やらで、腹の底から笑った。少し前に進めたと思う。

ベトナム語に再挑戦!
昨秋から、日本語教師の活動を増やし、担任もしている。
初級のクラスなので、まだ生徒たちの日本語力は低く、複雑なことはなかなか伝わらない。中国語が分かる生徒には中国語で、英語が分かる生徒には英語で説明してあげると、大分わかってもらえる。
前回担任をした時には、ほぼ全員中国人だったので、中国語を使えばわりと簡単にコミュニケーションが取れたが、今回は半分がベトナム人。中国語も英語もほとんど伝わらないので、なかなか大変!
難しい言葉は使わず、簡単な表現の日本で説明するが、彼らは???の反応。
困ったときは、スマホの翻訳アプリに頼るしかない。
中国人生徒に対して中国語で話してると、ベトナムの子たちが「いいなー」って感じで見てるので、とりあえずあいさつ程度のベトナム語を覚えて、使ってあげると。「おーっ!」って感じで喜んでくれる。
日本語を学ぶ生徒のためには、教師は母国語で対応せず、日本語のみでコミュニケーションした方が、彼らの努力を促し、進歩を早めることに繋がるはずのだけれど、 初級の段階では、補助的に母国語を使った方が能率は良いんだよなー。
ということで、一念発起し、この冬休みからベトナム語の学習を開始した。
実は3年前にも一度勉強を始めたことはあったのだけれど、あまりにも難しいのと、当時勤務していたインターナショナルスクールでは英語力を引き上げる重要課題があったために、頓挫してしまったのだった。


前回学習した教材。「初対面のあいさつ」「気候について話す」などのスキットが設定され、場面ごと様々な会話パターンを学ぶことができる(はずだった?)
ベトナム語を学ぶときには、次のような困難がある。
(1)文字が変形のローマ字で、なじみにくい。
例えばa の字は、a â ă の3種類、dの字はd đ の2種類があり、
それぞれ発音も微妙に違う。

(2)声調(音節内部の音の高低変化)変化が6種類もある。
中国語では4種類だったが、さらに種類が多い。

例えば bo ボー という単語だと
bò ボー↘ 牛
bó ボー⤴ 束ねる
bỏ ボー↘⤴ 辞める
という風に、声調が違うと、全く違う意味の語になる。
(3)相手との年齢、性別、親密さにより、主語や呼称が頻繁に変わる。

「私」「あなた」は、 中国語では 「我」「你 」、英語では「I」「you」と
シンプルだったが、ベトナム語ではいろんなパターンがあり、「あなたは
学生ですか?」のような簡単な文章でも、すぐには覚えられない。
3年前は、これらの困難を乗り越えられず止めてしまったわけだが、今回は生徒たちのためにも、頑張らねば!


前回の教材を理解するために、今回新たに購入した補助教材。スキットは無いが、文型ごとの解説がわかりやすい。
語学の学習方法は、基本どれも同じ。スキット音声を聞いて、ひたすらリピートする。
発音は、最初はアバウトで良い。違いがよくわからなくても、ひたすら繰り返しているうちに、やがてかならず分かるようになる。
ある程度、口に言葉がなじんできたら、和訳や解説を読み、文の構造や語の役割を理解する。前回理解不能だった部分も、今回購入した二冊目の教材のおかげで、大分わかってきた。

スキット学習の仕上げは、口にした言葉を書き出すこと。
覚えられないのを加齢のせいにはしたくない!
学習は遅々として進まず、一か月でまだ8課(全部で20課)だけど、語学学習の一番のコツは、「できるようになるまで止めないこと」
新しいことにチャレンジするのは、ボケ防止に良いらしいから、あきらめずに頑張ろう!最近海外行ってないから、今年はベトナムへも行ってみたいな~